【第六話 遥けき彼方の地へ】 1.お説教
七百年なんて月日がなかったかのように思える。
そのくらい師匠は変わっていなかった。
コスモスが席を立ったときにそれは始まった。
相変わらずのにこやかな表情のまま、まずはお茶を一口。
世間話の口調で師匠は言った。
「そういえば」
来た。
ありもしない体が震えたような気がする。
そうこれは、懐かしくも恐ろしい『お説教』の始まる合図。
「みんな心配してましたよ」
『申し訳ありません』
さらっとした言葉は予想のついていたもの。だからすんなり言葉は出た。
師匠は外見年齢上は多く見ても二十歳前後。
真っ白と表現していいくらいの銀髪で、色違いの瞳は森の翠と空の蒼。
そーゆー御伽噺に出てきそうな妖精みたいに儚げな容貌で……そんな風に寂しそうな顔をされると、正直すっごく居心地が悪い。
再会した時から予想も覚悟もしていた。
けれど、出来ていたからと言って平気だとは言い切れない。
「グラーティアさんもラティオも……ユーラなんか特に……」
叔母についで父母の名前を出されて……
今更私にどうしろと? いや悪かったとは思ってますけど。
「連絡もほとんどなかったですし。
あちこち放浪してたわたしはともかく、両親には便りを出していて欲しかったです」
動じるな。これがこの人のいつもの説教の仕方なんだっ
「心配かけたくないって気持ちは分かりますよ」
頭ごなしに叱ったりしない。怒鳴ったりもしない。
とうとうと静かな声で言われる。
そっちの方がどれほど楽かっ!
『周りの人がこんな風に心配している。だからそんな事をしてはいけない』。
自覚があるのかないのか、師匠はこーいう説教が得意だ。
彼女はすっと視線をずらして机を見つめる。
……瞳に涙が浮かんで見えるのは確実に幻覚である。
この人は滅多な事では泣かない。
おとぎ話の類では驚くほどに涙腺が弱いと言うのに、現実の事となるとまったく動じていないんだから。
目を細めて、それでもこちらに視線を合わせて。
「でも何も言ってくれないのは……やっぱり寂しいです。信頼されてないみたいで」
してない訳じゃないんですよ。
ただ、比喩ではなく世界のどこにいるのか分からないあなたに助けを求めるのが、どれだけ大変な事か分かります?
しかも自分では動けないのにっ!
心の中では反論しつつも、罪悪感が襲う。
女性の涙が苦手というのは珍しい事ではない。
しかしなにより、育ての親に近いような人を悲しませていることには変わりない。
というよりこんな人の良心をえぐるような説教は止めてほしいものだが。
こちらの内心を見透かすかのように、師匠は悲しげな顔のままひたと見つめる。
「頼ってくださいね。こんなでも師匠なんですから」
『……ごめんなさい』
これ以外に何を言えと?
その後もお説教を続ける師匠に「はい」だの「すみません」だのを繰り返しつつ切実に思う。
コスモス……どうか。どうか……早く戻ってきてくれ。