【第四話 双貌】 2.説得のしかた
ティアに会ったらどうしようと常に考えていたわけじゃない。
どうして教会を出たのかな?
どうして探されてるのかな?
そのくらいは思ったけれど、寝て起きて街を出発してからはそんなこと気に留めなくなってた。
だって意識が傾いてたら駄目だし。
魔物がいつやってくるかなんてわからないんだから。
今日もまた街道を北上して宿場町に着く。
「にぎやかね」
「うー、水浴びしたいねぇ」
静かに感想を述べるのはクリオ。ぼやくのはリカルド。
でも気持ちは分かる。
かすかに砂でも混ざっていたのだろうか。
日中強い風に晒され続けた髪はぱさぱさで、彼の白金の髪がくすんでいる。
彼の長い髪はセティも好きだ。
自身の黒髪と違って軽やかで光にすけるとても綺麗な色。
「そういえば、どうしてリカルドは髪伸ばしてるの?」
「へ? どうして?」
きょとんと聞き返してきた彼に、セティは質問を重ねる。
「だっていつも髪が長いから暑いって言ってるし、洗うのが面倒って言ってるし。
それなら切っちゃえばいいのになぁって思って」
セティは実は長い髪にあこがれている。
が、一度伸ばしてみたときに、あまりの鬱陶しさに断念した。
その結果が、現在のようなショートカット……男に間違えられるような短さの髪である。とはいえがちがちに着込んだ鎧もまた、性別を間違われることに一足買っているのだろうが。
「うーん。まぁいくつか理由はあるけど」
左右に視線をやり宿を探しつつ彼は頬をかく。
「切るなって言われること多いんだよね」
「綺麗なプラチナブロンドだものね」
「うん! 女の子なら良かったねリカルド」
「いやそれは違うと思うけど」
たはーと情けなく眉根を下げる彼だったが、素直に褒めてくれたクリオはともかくセティの言い分には否を唱える。
「あと、髪って結構売れるんだよ」
「……売れるの?」
「かつら用にってね。幸い僕の髪は色合いが綺麗だから良い値で売れるし」
「ふぅん」
感心しつつも、もし路銀が足りなくなったりしたら切っちゃうつもりなんだろうかと考える。
もったいないかも。綺麗なのに。
「おい、宿はあれでいいのか」
相変わらずむすっとした顔でブラウが通りに面した建物を指差す。
そこそこ賑わいが漏れて聞こえる大きめな宿。
こくりとセティが頷いたのを見てブラウは一人さっさと入って行き、続いたセティが急に止まった彼の背にぶつかりかけた。
「何してんだよブラウ! 危ないなぁ」
文句を言ってからはっとする。
こうしてセティが何か言ったとき、彼は必ずねちねちと言い返してくるのだ。
思わず身構えた彼女だが、ブラウは沈黙を保ったまま……もとい、固まっているように見える。
彼女が不審を抱くのと、リカルドがひょいと後ろから顔を出すのは同時。
そして。
「あ、ブラウだ。それにリカルドさん」
「りっちゃん」
のほほんとしたやり取りが聞こえたのも、ほぼ同時。
まさかと思って中を見やると、想像通りの顔ぶれがいた。
あまりにも突然逢ってしまった故に固まったままのセティと違い、年長組はごく普通の対応をした。
即ち、挨拶をして部屋を取り、食事をするために同じテーブルに着く。
「偶然ってすごいねぇ」
運ばれてきたワインを手にリカルドはしみじみと呟いた。
「偶然って言うより……僕らを追いかけてきたんじゃないの?」
疑いの眼差しを向けるのはレイ。
じっとりとした半眼で言うあたり、かなり疑われているっぽい。
「自意識過剰なんじゃねぇのか。それとも追われる理由があるのか」
皮肉げなブラウの言葉に、彼は慌てず騒がずとなりのテーブルを指差す。
彼の示す方向へと視線をやれば、にこにこした笑顔ながらもどこかぴりぴりした空気を纏ったティアの姿。そんな彼女に向かい合って座っているのは輝く金髪に白の旅装を纏った女性とほとんど黒に近い茶の髪の戦士風の男性。
熱心に話しかけているのは女性の方で、男性はつまらなそうにカップをちびちび傾けている。
「なに、あれ」
「あー『説得』してるらしいよ」
「説得?」
七人もいればテーブルも狭い。
内緒話をしているわけでもないが、小声でも十分聞こえる。
「どうせお前らも知ってるんだろ。あいつも『勇者』らしいからな」
「しつこいことです」
あきれ果てているノクスの言葉に同意するのはリゲル。
「さあ、理由を!」
かぶさるように聞こえてきた女性の言葉に、セティはそちらに視線を向けた。
「理由なんて『嫌だから』に決まっておりますわ」
にこにこ笑顔できっぱりというティア。
笑顔だけど……笑顔なんだけど、なんだろう背筋がそこはかとなく寒いのは。
「ならば、どうしてそこまで嫌がるのです? どなたか嫌いな方でも?」
「ええ。山ほど」
さらりと言われて女性は鼻白む。
説得している彼女もまたソール教の神官だろう。きっと、とても熱心な。
隣に座った男性はというと、大きなあくびをかみ殺している。明らかにやる気がない。
「ですがソールの巫女ならば博愛の精神で」
「まぁ」
大きな瞳をぱちぱちと瞬かせ、ティアはころころと笑い出した。
「ソールの名で博愛なんて。あれは教義からして自己中心的なものですわよ?」
わたしが聞く立場でなくて、良かったかも。
思わずセティがそう思ってしまうくらい完璧な氷の笑みだった。
「そ、そんな」
「もういいだろうルチル。このお嬢さんは自分の意思で出てきた。だろう?」
問われたティアはこくりと頷き、ルチルと呼ばれた女性は眼差しを鋭くして隣の男性に言い募る。
「まさか家出を推奨するというのではないでしょうねフォル!
あなたそれでも勇者ですか!?」
ようやっとセティは気づく。彼が細い――とても細いサークレットをつけていることに。そしてサークレットに見合うほど小さな蒼い石がかすかな光を放っていることに。
「だーかーら、俺は勇者でも何でもねぇって言ってんだろうが」
先ほどティアに向いていた以上の鋭い言葉がフォルと呼ばれた青年にかけられるが、彼はまったく相手にしない。
「おだまりなさい! そもそもあなたは勇者としての自覚が少なすぎます!
仮にもセラータ王より『勇者』の地位を拝命しておきながらその体たらく」
「へーへー。さっさと別の奴見つけて消えてくれよ」
「そんなことできません!
どれだけ納得いかなかろうとやる気がなかろうとあなたが勇者なんですから!!」
食堂中に響く大声に一人二人と人が席を立っていく。
ああ、宿変わるのかな等とセティは思う。
できるものなら彼女も宿を移りたいと思うけれど、ティアと話はしたい。
しかしティアがいる以上、ルチルはくっついてくる。
結局、騒ぎは免れない。
「お久しぶりです。セティお元気でした?」
ルチルがエキサイトしているうちにと逃げてきたのだろう。
ティアが椅子ごと移動してきた。
こちらに向けられる笑顔は先ほどとはまったく違う暖かなもの。
「うん。ティアも元気だった?」
ほっとしてセティは話しかける。
「ええ元気ですわ。ああいうのが近づいてくること以外は」
さらりときつい毒を吐いて指し示す相手は未だに騒ぎ立てるルチル神官。
まだ出会ってほとんど経ってないけどティアって怖い子かも知れない。
「ってグラーティア様! 私の話はまだ終わっていません!」
叫び声の勢いそのままに、無視していたかった存在がこちらへとやってくる。
「そう仰られても、わたくしのほうにお話しすることはございませんわ」
にこやかに応対するティア。
けれど、間近にいたセティには聞こえた。
彼女の容姿にまったく似合わぬ、憎しみすらこもった舌打ちが。
き……気のせい。気のせいだよねッ
思わず懇願の色さえ浮かべてティアを見上げるセティ。
たまたまその顔を見てしまったルチルは気おされたように歩みを止めて、次の瞬間眉を吊り上げる。
「『勇者』?!」
「え?」
「そうですわ。フリストの勇者、セレスタイト・カーティスさんですわ」
「フリストの?」
ルチルの柳眉がさらにつりあがったのを見て、ティアはセティの首に腕を回し、ぎゅっと抱きつく。
「わたくしたち、お友達ですの」
固まってしまっているセティはティアの成すがままにおとなしく抱きしめられている。
なんというか……ルチルさんの視線が怖いんですけど。すごく。
フォルさんは面白そうにこっち見てるし。
「あなた!」
「はいっ?!」
急に呼ばれてセティは大きく返事をする。
「勇者の身でありながら、巫女を誑かすとは何事ですか!」
烈火の如き怒りの声に食堂は静まり返る。
びしっと突きつけられた指にどう反応したものか。というか誑かすってどういうこと?
妙な沈黙が続いた。
まったく反応を示さないセティに業を煮やしたのだろう。
再度口を開き糾弾しようとしたルチルを留めたのは小さな笑い声だった。
「ぷ」
「く」
一度噴出してしまったためか、声には出さないもののリカルドが笑いをこらえて痙攣している。それがうつったかのようにクリオが苦笑し、レイは真っ赤な顔をして肩を震わせ、リゲルまで顔を背けている。
彼らの反応に困惑したんだろう。
力なく指を落とすルチルに向けてティアが笑う。
「ルチルさんたら酷いですわね。セティさんは女の子ですわよ?」
ああ。また間違われたのか。
セティが納得するのとほぼ時を同じくしてルチルは絶叫し、跪かんばかりの勢いで謝罪をすることになる。
ちなみに蛇足ながら、その間フォルは大爆笑していた。